壺井繁治関連エントリー

[引用(詩)]壺井繁治「黙つてゐても」(全)

黙つてゐても 考へてゐるのだ 俺が物言はぬからといつて 壁と間違へるな

[引用(詩)]壺井繁治「黙つてゐても」(全)

あい奴 壺井繁治詩集より

あい奴 壺井繁治詩集「断章」より あい奴は 喋っている間だけ 悧口に見えた あい奴は 黙っている間だけ 悧口に見えた ※ 壺井繁治は 「二十四の瞳」の壷井栄の夫

あい奴 壺井繁治詩集より

知人ら杉谷さん祝福 詩集「霊山」で壺井繁治賞

... 杉谷昭人さん(73)の第九詩集「 霊山 ( おやま ) 」(鉱脈社)が第36回壺井繁治賞を受賞したのを記念して、祝う会は26日、同市の宮崎観光ホテルであった。 ... 【写真】壺井繁治賞受賞を祝う会で、受賞作「霊山」の中から代表的な詩を ...

知人ら杉谷さん祝福 詩集「霊山」で壺井繁治賞

【 朝の歌 】 壺井繁治

生れ変つたやうな 朝をむかへたい その日かぎり しんでも惜しくないやうな 私は基本的に、いつ死んでも構わないと思って生きています。 もし明日、突然の交通事故などでこの世を去っても、悔いはありません。 ...

【 朝の歌 】 壺井繁治

小林多喜二没後30年 大阪記念行事

... 講演は、26日に壺井繁治「小林多喜二没後30年を迎えて」、27日には西野辰吉「労働者のたたかいと革命文学」、そして映画は26日「蟹工船」、27日「太陽のない街」、そして両日に「日韓会談」となっています。 ...

小林多喜二没後30年 大阪記念行事

壺井繁治とは?

壺井 繁治(つぼい しげじ、1897年10月18日 - 1975年9月4日)は、日本の詩人である。男性。
香川県小豆郡苗羽村(現在の小豆島町)出身、早稲田大学に学ぶ。1920年代にはアナキズムの陣営に属し、『赤と黒』などに拠って詩作をはじめた。その後、共産主義 コミュニズムに接近、プロレタリア文学の詩の分野で活躍した。1930年代には何度か投獄され、その後は小熊秀雄や村山知義たちと〈サンチョ・クラブ〉を結成し、風刺的な詩を作っていた。
戦後は新日本文学会の創立に参加し、発起人となる。しかし、戦後登場した武井昭夫や吉本隆明たち若手からは、戦時中の行動との差のために批判の対象にされた。その後、グループ「詩人会議」を結成し、民主主義文学の詩の分野を確立させていった。同郷の黒島伝治の業績の顕彰につとめ、岩波文庫収録の黒島作品集『渦巻ける烏の群』の解説を書いたり、『軍隊日記』を編纂したりもした。また、小林多喜二の全集の編集委員としても活躍した。

壺井繁治の詳細

壺井繁治に関するニュース


2010年8月22日(日)
東奥日報
名作「二十四の瞳」を書いた小説家の壺井栄(さかえ)の夫は詩人の壺井繁治(しげじ)。「ふるさとは遠く南にあり」と歌い出す叙情詩「海」を、こう結んでいる。「ひとりおもふ故里よ/わが胸は波立ちて/おのづから海となる」。 繁治がこの詩を書いたのは90年ほど前。 ...